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横浜地方裁判所 昭和35年(レ)26号 判決

控訴人 斎藤源次郎

被控訴人 相原理喜男

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

被控訴代理人の事実上の主張は原判決の事実摘示と同一であるのでここにこれを引用する。

控訴代理人は、答弁として、右事実摘示にかかる被控訴人の主張事実中第一、二項の各事実を認める、第二項のうち訴外小村幸吉が昭和三四年一一月一七日被控訴人に対し被控訴人の主張するような通告をなしたことは知らない、その余を否認すると述べ、抗弁として、被控訴人所有の横浜市南区白金町一丁目八番地の二宅地一九坪六合八勺(以下本件土地と略称する。)の地上に存する原判決別紙記載の建物(同じく本件建物と略称する。)は、もと小村の所有であつたが同年一〇月二八日訴外増田ヌイが競落によりその所有権を取得し、さらに同年一一月一〇日控訴人が増田からこれを買受けその所有者となつたものであるところ、被控訴人と小村との間に被控訴人の述べるとおりの調停がなされたのである以上、たとい小村において被控訴人に対し右調停で認められた本件建物の収去、本件土地の明渡義務履行の猶予期間にその猶予の利益を放棄する旨の通告をなしたこと被控訴人の述べるとおりとしても小村が右通告をなしたのは、右のようにすでに本件建物に対する自己の所有権を喪失した後の同年一一月一七日であるというのであるから右通告は何ら効果を持つものでなく、控訴人は、被控訴人の同意こそ得なかつたけれども、本件建物の右承継取得によつて、小村が被控訴人に対して有していた右土地明渡の猶予期間中の使用権原を当然に承継したのである、すなわち前記調停の既判力はその特定承継人である控訴人にも及ぶもので控訴人は、小村が有していた前記各義務履行の猶予の利益をもつて被控訴人に対抗し得るもので、被控訴人の請求に応ずるいわれはないと述べた。

立証として、控訴代理人は乙第一号証を提出し、被控訴代理人はその成立を認めると述べた。

理由

被控訴人主張の本件土地が被控訴人の所有であること、同地上に存する本件建物が控訴人の所有であり控訴人がこれを所有することによつて本件土地を占有していることはいずれも当事者間に争いがない。

控訴人は被控訴人に対し本件土地について適法な占有権原を有すると抗弁するところ、被控訴人と本件建物の元所有者であつた小村との間に横浜南簡易裁判所において昭和三二年九月五日、同当事者間に結ばれた本件土地の賃貸借契約が同年八月三〇日をもつて終了したことおよびそれによつて発生した小村の本件建物の収去、本件土地の明渡義務の履行を同三六年八月末日まで猶予することを認めた調停が成立したことは当事者間に争いがなく、また成立に争いのない乙第一号証によると、本件建物はもと前示のとおり小村幸吉の所有であつたが、おそくとも同三四年一〇月二八日までに増田ヌイが競落によりこれを取得し、さらに同年一一月一〇日控訴人が同人からこれを買受けてその所有権を取得したことが認められる。

控訴人は右のように本件建物の所有権を取得すると共に本件土地に対して小村の有していた右調停上の明渡猶予期間中の使用権原を当然に承継したと主張する。これに対し被控訴人は、同年一一月一七日小村が被控訴人に対し右猶予の利益を放棄したというけれども、小村が右放棄の通告をなしたとの点は、これを証するべき証拠は提出されていないからこれを採り上げるを得ないところであるが、控訴人謂うところの右調停の内容は前示のとおり本件土地に関する被控訴人小村間の賃貸借関係の終了を前提としてたゞその明渡義務の履行を猶予することを認めたものに過ぎなく、そもそも建物の前所有者について有効な土地賃貸借契約の存する場合でもその建物をあらたに所有するに至つた者が、前者の有する土地の使用権原を有効に承継するためには、土地所有者の承諾を得て前者からその賃借権の譲渡を受けることを要するものであり、本件におけるように賃貸借関係の存在を否定して単に土地明渡の猶予のみを認めた場合の如きは右適法な賃借権の譲渡の場合よりもより強い意味において当然土地所有者の承諾を必要とするというべきところ、本件建物所有権の前示各移転に伴い小村の前示使用権原を順次譲受けるにつき何ら土地所有者たる被控訴人の同意を得ていないこと控訴人の自ら認めるところであつてその抗弁するところはそれ自体理由を欠き到底採るを得ない。

控訴人は、右猶予を認めた調停の既判力が当然特定承継人である控訴人に及ぶものとして猶予期間中の使用権原を被控訴人に対抗し得るというのであるが、かりに調停に既判力が存すると解したとしても(そのこと自体頗る疑問であるが)本件におけるように、建物の前所有者に調停上認められた土地の占有権原が存する場合でも、調停後建物の所有者の変動というような新たな事実関係が生じたときは、もはや既判力の問題の生ずる余地なく建物の新所有者と土地所有者との法律関係は、建物の旧所有者と土地所有者との関係とはまた別個に考えらるべきものであり、当然同一関係が引きつがれるものではないのである。控訴人の見解はこの理を解せず既判力の効果をその後の権利関係の変動に伴う新たな法律関係の発生の後にまで及ぼそうとするもので、いわゆる既判力の主観的範囲と既判力の標準時との関係を混同した独自の基礎に立つもので、到底、正当といゝ難い。

結局控訴人の抗弁は理由がなく、控訴人が本件土地について正当な占有権原を有することは認められないから、被控訴人が控訴人に対し本件建物を収去して本件土地を明渡すとともに控訴人が建物を所有して本件土地を占有しはじめた日の後たる昭和三五年二月六日より明渡ずみまで賃料相当額たること控訴人が明らかに争わない一月金六〇〇円の割合による損害金の支払を求める本訴請求は理由がありこれを認めた原判決は正当であるから本件控訴は棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用の上主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋栄吉 吉岡進 岩佐善巳)

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